「・・・・・・そんな事があったんですか・・・・・・。」

 オーナーが一つため息をついた。やはり、事情を知らないのはオーナー一家と永井夫妻だけのようであった。
「でもこれで説明がつきますね。水谷さんの言っていた『事前に計画していた』ことと、中原さんが言っていた『重要な用件』の。」
 淡々(たんたん)として直人兄が解説した。
「じ、じゃあやっぱりあれが・・・・・・。」
「あの人、他の人とも通じていたかもな。仲間と言い争って、殺された。」
「ちょっと待ってください。」
各自が口々に好き勝手なことを言い始めたのを私は止めた。
「原田さんの死体には凍傷によって起こる症状(しょうじょう)以外(いがい)に外傷はなかったから、死因は間違いなく凍死だと思います。ドアに鍵がかかっていたのも、それに原田さんが何らかの抵抗をしたのも、事実。ですが合鍵の話や『VDFIE』の話は、確実性のない推測(すいそく)にすぎないんですよ?」
「何だよ。それじゃあ、この二つは全く関係ないのか!?」
 古本さんが、不満そうな顔をして私に突っかかってきた。
「一つの考えに固定してしまうのは危険だと言っているんです。神出(しんしゅつ)鬼没(きぼつ)の殺人鬼(さつじんき)がこの外に潜(ひそ)んでいるのかもしれないし、またこの中で平凡(へいぼん)を装(よそお)っているのかもしれない。あらゆる可能性を考慮(こうりょ)しておかないと、どんな時でも対応できません!!」
 その直後、不気味な沈黙があたりを支配した。各々(おのおの)が上目づかいで、今まで世間話をしていた相手達を見回す。

 私は、このとき自分の発言に後悔した。

「あの、私は・・・・・・。」
「夏美!」
 私を遮ったのは、父さんの低くて太い声だった。思わずビクリと肩を動かす。
「もういい、黙れ(だまれ)。」
 いつになく力強いその一言は、疑心暗鬼の雰囲気を打ち破るには十分だった。

 何十秒たっただろうか、誰も今まで時間を止められていたかのごとく微動(びどう)だにしなかったが、ふいに青野さんが立ち上がった。
「あの、私、自室に戻ります。私用を思い出しまして・・・・・・。」
「は、はい。昼食は午後十二時半からですので、よろしくお願いします。」
 オーナーもたどたどしく返答する。青野さんはぎこちない会釈をして、そのまま階段を登って行った。私達は、青野さんが抜けた後も会話の糸口を見つけられないまま、お互いを見合っていた。

気付けば、もう午前十一時半を過ぎている。

「そうだ、DVDかビデオでも観ませんか?」
 唐突(とうとつ)に良一が口を開いた。視線がテレビ台の中の機器類(ききるい)に移る。
「そうだねぇ。一応どちらも観れるようにはしてあるんだが、ウチには洋画物しか置いてないから、ご年配の方は興味がないかもしれない。」
「いや、構いません。このまま何も話さないよりはずっとましですから。」
 永井千代さんが、弱弱しく微笑む。
「今まで静かだったから、ここは一発派手なものがいいなぁ。アクション系の。」
 中原さんの提案に、反対する人はいないようだった。
「アクションがお好みならば、『ミッションコンプリートU』がありますよ。持ってきましょうか。」
 返事を待たずして、オーナーはスタッフルームへ向かってゆく。
「あたしゃ、昼食の準備でもしましょうかね。須美、桜、手伝っとくれ。」
 続いて、京子さん達は調理場に入っていった。
 待つことしばし、オーナーがDVDを持って登場した。ケースからディスクを取り出し、すぐさまそれをデッキに入れる。
「最初に注意しておきますが、青野さんにも申し上げた通り昼食は午後十二時半ですので、時間がきたら一旦(いったん)ビデオは止めますよ、宜しいですね?」
 皆が頷く。オーナーはそれを確認した後、部屋の照明を消して食堂に行ってしまった。映画館並とまではいかないが、何とか個々を判別できる程度には薄暗(うすぐら)い。
「夏美ちゃん、キー貸して。」
 耳元からの声にびっくりしたが、かろうじて真理子さんだと分かった。真理子さんは私に向かって手を差し出す。
「私、カンヌの方が好みなのよ。食事の時間には、戻ってくるから。」
 私は、その手の内にそっと鍵を置いた。彼女はそれを思い切りにぎりしめて、そのまま二階に向かってゆく。
「一応、青野さんを呼んできますよ。彼も洋画が好きかもしれない。」
 映画(えいが)配給(はいきゅう)会社(がいしゃ)や製作会社の広告(こうこく)映像(えいぞう)が流れている途中、中原さんは席を立った。
「あ、私も加納先輩を呼んできます。」
 平松さんも、後に続くように席を離れた。残された私達は、そのままテレビ画面をながめている。
「・・・・・・なぁ、『カンヌ』ってどんな映画なんだ?そんなに有名なのか?」
 予想を遥(はる)かに上回った直也兄の馬鹿発言に、私は肩からくずれ落ちそうになった。
「超阿呆が。」
直人兄は冷ややかな目で直也兄を見ている。
「兄貴、『カンヌ映画祭』くらいは知っておこうよ。仮にも一般人の常識として。」
 説明する必要はないと思うが、私のおぼろげな知識を総合して略解(りゃっかい)すると、『カンヌ映画祭』とは、フランスのカンヌ市で行われる映画の祭典(さいてん)のことである。入賞作品には人間(にんげん)情緒(じょうちょ)を題材にしたものが多く、邦画(ほうが)も何作か受賞していたような気がする。ちなみに、今観ている『ミッションコンプリートU』はアクション性の高さが特徴(とくちょう)のハリウッド映画で、米国のアカデミー賞を取ったか取らなかったか、とにかく当時「全米一」とのふれこみで日本公開されていたことは覚えている。
 ――しかし、まがりなりにも「洋画フリーク」を自称(じしょう)している奴の言うことか、これが。
 軽蔑しきった眼差しを感じてか、直也兄はふてくされて床にへたりこんだようだ。
 叫び声とクラクション、悲鳴と爆発音が部屋中に響(ひび)く。画面の中で碧眼(へきがん)の西洋人が意味不明なことを叫んでいたが、私には何の興味もなかった。




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