談話室への階段を降りながら、私は考える。

 原田さんは殺された。まずこれだけは間違いない。でも、どうして?どうやって?
 殺した方法についてはあらかた見当はついている。単純で、かつ足のつかない確実な方法なので誰でも可能なのだけれど、これではあまりにもお手軽すぎて逆に誰が犯人なのか分からない。特徴(とくちょう)が無さ過ぎる。
 殺された理由については、早計(そうけい)かもしれないがやはり昨日の発言が原因だろう。だとすると、あれが絡(から)んでいるのか?それとも、他に理由があるのか?
 ――だめだ、まだ見えてこないや。
 頭に引っかかるものは、まだある。あれ――事件と『VDFIE』との相関(そうかん)関係(かんけい)。いくら日常あまりお目にかかれない事が立て続けに続いたからといって、三流(さんりゅう)推理(すいり)ドラマじゃあるまいし即つなげるべきではないが、だから全く関係なし、とも言い切れない。
 ――言い切ってしまいたいけど。

「おい、何やってんだよ。早く行けよ。」
振り向くと、そこにはあからさまに不満そうな顔をしている良一と他数名が拳(こぶし)をふるわせていた。
「・・・・・・考えていただけよ。」
「事件のことか?全くどうしてお前は、こういう厄介(やっかい)ごとに首を突っ込もうとするかなぁ。」
 良一の問いに私はくるりと背を向けて、少し間をあけた後ぽつりと答えた。
「だって・・・・・・事件を解決できる程賢(かしこ)いの、私だけじゃない。」

 どげしっ

 言い終わった瞬間、私の体は宙に浮いた。そのまま廊下(ろうか)のフローリングに激突(げきとつ)する。

 びたんっ

 ものすごい音を立てて、真正面から激しく打ちつけられた。蹴(け)られた背中も痛いが、直接(ちょくせつ)廊下で打った鼻の方がもっと痛い。
――くっそー、鼻が低いの気にしてるのに!
 傷一つない新築のフローリングが、今だけちょっと恨(うら)めしかった。
「よくやった、良一!」
 怒りのせいか肩で息をしている良一に、直也兄が声をかける。
――煽(あお)ってどうする、あおって。
「火に油を注ぐな。」
 直人兄が、良一と直也兄の間に割って入った。
「落ち着け、良一。いくら腹が立ったからといっても、やはり背後から蹴り落とすのはよくない。気持ちは痛いほど分かるが。」
 フォローのつもりなのだろうが、最後の一言は余計である。
「たとえあいつは骨が強いとか、根性の腐(くさ)っている奴は突き落としただけじゃ死なないとか、頭では理解していてもだな、実行に移すのはやめろ。こちらの罪になるからな。」
 ――こ、こいつ、イヤミでやんの。
「珍しく感情的だねぇ、今日の兄さんは。」
「知らなかった・・・・・・兄貴、夏美のこと嫌いだったんだ。」
 少しはこっちの味方をしてくれてもいいものだが、直樹兄はいつもの如(ごと)くのほほんとしている。父さんはというと・・・・・・あ、他人のフリしてる。
 しかし、真顔で皮肉を言われるのは私としても気分のいいものではない。そりゃあ、私が直人兄の苦労していた憲法(けんぽう)の暗記を一週間でやってみせたりとか、学校や全国模試(もし)の成績が直人兄よりも上だったりとか(自慢)、理由がないわけでもないが、そんなものは単なる僻(ひが)みに他ならない。
「どうしたんですか、皆さん。」
 私達が階段で大騒ぎしているのを聞きつけて、須美さんが小走りでこちらにやってきた。
「まぁ、夏美ちゃん!」
 フローリングと真正面からキスしてる私を見て、大(おお)慌(あわ)てで抱き起こしてくれる。
「ひどい・・・・・・私、何もしていないのに・・・・・・。」
 私は片方の手で自分の顔を覆(おお)い、うつむいたまま、消えそうな声をふるわせて言った。潤(うる)みを含ませた瞳(め)で上目づかいをするのがポイントである。
「ちょっ・・・・・・夏美?」
「おい、お前・・・・・・。」
 流石にこれには驚いたのか、今までさんざん悪言を吐いていた三人が、階段から降りてきて私の顔を覗(のぞ)き込(こ)んだ。

 スパンッスパンッスパンッ

 ここぞとばかりに、私はちょうどよい高さにある三つの頭を手にしたスリッパではたいてやった。

「何をする!?」
「やかましいっ。こんなか弱き美乙女(びおとめ)に、後ろからケリ入れる奴が悪い!」
「何だよ、その『美乙女』ってのは?」
「・・・・・・いやね、『美少女』って自分で言うのは少しおこがましいかなーとか思って。」
「日本語は正しく使え、日本語は。」
 話についていけない須美さんを気にすることもなく、私達は会話を続けている。

「さて、漫才もこれくらいにして。」
 会話が途切(とぎ)れたところに間発入れず、直樹兄が割って入った。
「須美さん、そちらの様子はいかがですか?」
「え、ええ・・・・・・。」
 須美さんは曖昧に返事をする。
「母や主人は別にどうという事はないのだけれど、桜はまだショックが続いているらしいんです。私達が何を言っても、部屋に篭(こも)ったきりで・・・・・・。私も、亡くなったお客様を見た後で調理場に立つのは辛(つら)くって、とりあえず一階の掃除をしていたのですけれど・・・・・・。」
「そうですか。朝食なら僕でよければ作りますよ。調理師免許持っていますし。」
 直樹兄は、いつもながらの笑みで軽やかに答えた。
「しかし・・・・・・。」
「いいんじゃないですか、須美さんだって疲れているでしょうし。」
 私が座ったまま、すかさず助け舟を出す。
「・・・・・・そうですか。すいません、お客様なのに・・・・・・。」
「いえいえ。」
 須美さんは深々と頭を下げる。開業したばかりの自分のペンションで、殺人事件なんぞが起こったのだ。信用第一のこの商売、経営者である大塚一家の気苦労(きぐろう)は計り知れない。
「どうかしたのか、須美。」
 私達の声が聞こえたのか、オーナーが談話室へやってきた。
「大塚、警察の方は?」
 半ば忘れられた存在となっていた父さんが、階段を降りながら尋ねた。私も、すっと立ってオーナーである大塚さんを見る。
「ああ、連絡はした。だがここに通じてる一本道が、昨日の久し振りの大雪で雪崩(なだれ)に呑(の)み込まれてしまったらしい。現在通行不可能だから、三日間待ってくれと来たもんだ。全くこれだからお役所の仕事は困る。」
 言い切って、大きなため息をつく。なんとなく予感はしていたが、これでは援軍(えんぐん)は望めそうも無(な)い。

 ――だれてんなぁ、警察も。

 ともかく、この時をもって某有名探偵も裸足(はだし)で逃げ出すような(過大表現)、私の事件(じけん)捜査(そうさ)は始まったのだった。




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