「・・・・・・理由は?」
 はじめにこの沈黙を破ったのは真理子さんだった。一斉(いっせい)に皆が私を見る。
「普通、ペンションの外へ出るためには玄関のドアを開けますよね。外出せずにすぐに戻ってくるつもりならば、鍵(かぎ)なんか必要ありません。必要ならば、フロントに借りに来るはずですからね。しかし、オーナー達の反応からして原田さんがかぎを借りに来たとは考えにくい。でも実際には玄関に鍵がかかっていた。そうですよね、桜さん。」
桜さんは何度も頭を縦(たて)に振る。
「しかも原田さんはドアに鍵がかけられた事に対して激しく抵抗(ていこう)している。つまり、内側から直接鍵をかけた人がいるという事です。」
「ちょっと待って。どうしてそんなことが分かるの?」
 加納さんが不満そうに尋ねてくる。私は、少し間を置いてドアを開閉する穴の部分を指さした。
「ここですよ。」
「はぁ?」
「穴がずいぶん歪んでいますよね。普通に使っていて、ましてや新築の建物で穴がこんなになることはまずありません。ロックされた状態のまま力ずくでドアを揺(ゆ)さぶったからこんなに穴が痛んでいるんです。」
 我ながら見事な推理(すいり)である。不服そうな加納さんも流石(さすが)に口をつぐんでしまった。

「じゃあ、つまりはこの中の誰かが犯人だって事になるんだよねぇ・・・・・・。」

 ぽつりとつぶやいた直樹兄の言葉を聞いて、ギャラリーの面々の顔が一瞬にして引きつった。おそらく、自分もそうなっているのだろう。
 ――そこでそういうツッコミを入れるか、兄よ。
 「で、でもさぁ、私達はカギ持ってないしぃ。」
 私はしばし耳を疑う。その場ではたいてやろうかとも思ったが、あと一歩のところで思いとどまった。
 ――ああ、馬鹿ばっかり。
「あのねぇ、このドアは内側からなら誰でもロックすることが出来るんですよ。ドアノブ見たら分かるでしょうが。」
「え〜、でもそんな事知らないしぃ。」
 さっきのオロオロとした態度はどこへやら、人をバカにしたような返答をする深雪さんに、私はこめかみをピクピクさせながらも答えた。
「・・・・・・で、結局、犯人は誰なのよ?」
 私達のやりとりを半ば呆(あき)れ顔で見ていた加納さんが尋(たず)ねる。私は視線を少し下げたまま、口を閉ざした。

「いいかげんにして下さいよ。」
 この間に割って入ったのは、オーナーである大塚さんだった。
「やれ殺人だとか、犯人は誰だとか、皆さん何を言っているんですか。私はこの中に殺人犯がいるとは思えない。思いたくもない。もうやめましょう、こんな事は。お互い疑いあったりなんかしたら、折角(せっかく)の楽しいひと時が台(だい)無(な)しになってしまいます。」
「でもこの男が殺されたのは事実よ。こんな状態でみんな仲良くやりましょう、って言ったって、甚(はなは)だ無理な話だわ。」
「じゃあ、貴女(あなた)には何か心当たりでもあるの?」
 真理子さんの不意打ちで、加納さんの言葉がぴたりと止まった。
「そんなに目くじら立てるなんて、こちらは逆に勘(かん)ぐりたくなるわ。」
「真理子。」
 挑発的な真理子さんの言葉を須美さんが遮(さえぎ)る。
「とにかく、皆さんはもう少しお部屋で休んでいてください。その後の事は我々が何とかしますから。お食事は予定通り七時三十分からなので、宜しくお願いします。」
 大塚さんが半ば強引に話を進めて、やっとの事でこの場は収拾(しゅうしゅう)がついたのだった。

「それで、本当の所はどうなんだよ?」
 向かい側のソファーに座っている良一が、私を見ながら尋ねた。
 私達はあの騒ぎの後、とりあえず原田さんの死体を物置部屋に移すのを手伝って、それから各部屋に帰った。私はなんとなく暇だったので、今は兄貴達の部屋に遊びに行ったのだ。何故か部屋には良一もいた。当の本人達は、先ほどから洗面所で念入りに手を洗っていたりする。
「犯人がわからないのは事実。でもね、まだ情報が少なすぎるから、これからもっと情報を集めなければどうとも言えない。」
「事情(じじょう)聴取(ちょうしゅ)ってか、疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)だな。」
「綺麗事(きれいごと)は言っていられないよ。」
 そう言って、テーブルの中央に置いてあった茶菓子を一つほおばる。
「しかし鑑識(かんしき)の人達が怒るだろうな、死体を勝手に動かしたって。」
 両手をタオルで丹念(たんねん)に拭(ふ)きながら、直人兄が話に入って来た。
「だったら動かさなかったら良かったんだ!こっちは泣く泣く運んだんだぞ!」
「・・・・・・直也兄、もう手を洗うの止めたら?」
「あのなぁ、この手であの死体触(さわ)ったんだ、あの死体を!!」
直也兄は濡れたままの手のひらをこちらへ向けてブンブンと振る。どうでもいいが、しずくを飛ばすのはやめて欲しい。
「いい加減(かげん)うるさいんだ、お前は。」
「聞く耳持たん。」
父さんの注意にもかかわらず、直也兄はまだ懲りずに手を洗い続けている。
――体格の割には、肝(きも)の小さい奴。
 私は小心者の兄の戯言は放っておいて朝食をとりに下の階へ降りることにした。




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