めいめい食事を終わらせると、すぐさま各自の部屋に帰って行った。いつもの私ならここらで一発兄貴達の部屋で大騒ぎでもするのだが、今日はなんだか気分が乗らない。こんな時は大人しく寝るに限る。父さんと大塚さんは二人して談話室で飲んでいた。まぁ久し振りの対面らしいし、語り尽くせないほどの話題があるのだろう。
 窓がドンドンと音をたてていた。それは、あたかも人が窓を叩いてるようでもあった。外がはっきりと見えるので雪は止んだみたいだが、風は相変わらず強い。
 やはり今夜は取引は行われないらしく、真理子さんは午後十時前もかかわらず速攻(そっこう)で寝てしまった。どうせ起きていてもやることがないので、私もすぐに眠りについた。

 カチャ

 私は出来るだけ音を立てないようにして、ゆっくりとドアを開ける。ちなみに、只今(ただいま)午前六時二十分。我ながら感心するほど早起きである。・・・まぁ、あまりにも早く眠った為に目が覚めたのも早かっただけの話だが。
 部屋を出て一階へ降りていくと、談話室で永井夫妻が何やら話をしていた。
「永井さん、おはようございます。早いんですね。」
「いやいや、年寄りは朝が早いんだよ。」
 そう言って康助さんが口を大きくあけて笑う。
「あのぅ・・・おはようございます。」
 やっと聞き取れるか、聞き取れないかというくらいのか細い声が、後ろから耳に入った。振り向くと、そこに平松さんが立っていた。
「おはようございます、あなたも早いのね。」
「若いのに感心だわ。」
「若いといえば、あの従業員のお嬢さんも早起きだったのう。あの娘は今から仕事だと言っておったから、大変だろうに。」
 ただの挨拶(あいさつ)が、何時の間にか(いつのまにか)世間話になりつつあった。その時。

 キャーーーーーーーー!!

 突然の悲鳴がこの朝の空気を切り裂き、ペンション内に響(ひび)きわたった。その直後に玄関のドアがものすごい大きな音で勢いよく開けられ、外から桜さんが口を手でおさえて一直線に私の所に走ってきた。
「夏美ちゃん、どうしよう、私・・・・・・」
「おちついて桜さん。何があったの?」
「・・・通路を作るために雪かきをしに外へ出たの。するとね、目の前に男の人が倒れていたのよ。」
「それで?」
 半ばその先の話が読めた気もするが、あえて私は桜さんに続きを求めた。
「不思議に思ってその人の上体を起こして何度か話しかけたんだけど、返事がないの。体が信じられないくらい冷たくて、脈(みゃく)を取ったんだけど・・・・・・死んでいたの、その人。私、怖くなって死体をそのままにして走ってきたのよ。・・・・・・どうしよう?!」
 彼女は肩を震わせ、目に涙を溜(た)めている。予想通りではあったが、こういう場面はどうもリアクションがしにくい。
「一体どうしたんだ?」
 オーナーをはじめとして、このペンション中の人間の殆(ほとん)どが談話室に集まってきた。
「加納さんと原田さんがいないんじゃない?」
「私、加納先輩を起こしてきます。」
 平松さんが急ぎ足で階段を上ってゆく。状況をよく理解していない皆は口々にやかましくはやしたてている。
「何がどうなっているんだ、説明してくれないかね?」
 困惑(こんわく)した表情でオーナーが問う。少し迷ったが、私は口を開いた。

「男の人が玄関の前で亡くなっていたそうです。もし死者が遭難者(そうなんしゃ)でなければ、多分原田さんだと思います。」

 私の言葉に全員が息を呑(の)んだ。身震いしている人もいる。
「じょ、冗談でしょう?昨日生きてた人が死んでるなんて・・・・・・」
 深雪さんが脱力して床にへたり込む。
「大塚さん、念のために死体を確認してくれませんか?私じゃあ、原田さんとは分かりませんから。須美さん、桜さんをお願いします。」
 オーナーと須美さんが黙って頷く。私は兄貴三人と父さん、それにオーナーと一緒に玄関から外へ出た。

 風が吹きつけ、刃のような冷たい空気が容赦(ようしゃ)なく体を刻む。オーナーは、その上体を起こされた死体をまじまじと見つめた。しかし、私とオーナー以外は遺体(いたい)を見た瞬間目を背(そむ)け、直也兄に至っては、玄関端の根雪の上にしゃがみこんで口を手でおさえている。かろうじて戻してはいないようだ。最初発見した桜さんは、よくこれを触(さわ)る気になれたものである。
 昨晩までは生きていたその物言わぬ躯(むくろ)は皮膚が青白く染まり、白濁(はくだく)した虚ろな瞳は、私達に向けられていた。また、だらりと垂(た)れた腕の先には水ぶくれのようなものが見られ、指先のいくつかはどす黒い塊になっている。これら二つは全て凍傷(とうしょう)によるものだろう。せめて雪の中ならば壊死(えし)までは起こさなかっただろうに、思わず同情したくなるくらい死骸(しがい)は無惨(むざん)な姿を曝(さら)していた。
「信じたくないけれど、間違いなく原田さんだ。この様子からして、凍死だろうね。しかし何故、原田さんが外にいるんだ?」
「・・・・・・。」
 私は無意識に視線を下へ落とす。ふと、ドアノブでドアを開閉するための穴が目に入った。ボコボコした歪(ゆが)みが穴の縁(ふち)に沿ってたくさんあり、随分(ずいぶん)まわりの木が痛んでいる。金具の部分も穴の縁の部分は同じように歪んでいる。
「何か分かったかい?」
 うしろで直樹兄が声をかけてきた。私は黙って頷(うなず)く。今、私の頭の中で一つの小さな考えがまとまりつつあった。

「ちょっと、皆揃(そろ)って一体何なのよ!?」
 その時、遅れてきた加納さんが階段を降りながら大声で怒鳴った。後ろに平松さんが申し訳なさそうについてくる。
「話は愛ちゃんから聞いたけど、何!?大の大人が冷静さを失っちゃって。どうやら原田っていう人が死んだらしいけど、単なる事故じゃないの?酔っ払った男が勝手に外へ出て勝手に死んだのよ。アル中の凍死よ!」
「確かにアルコール中毒の凍死だけど・・・・・・。」
 私は冷え切った原田さんを見据えながら、はっきりとこう言った。

「原田さんは事故で死んだんじゃなく、誰かに殺されたんですよ。」

 今まで煩かった人々の話し声が、ぴたりと止んだ。全員の視線が、玄関に転がっている原田さんに集中している。
 私にはかなりの自信があった。だが、このときの私には犯人の本当の目的など知る由(よし)も無かった。




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