「夏美、入るぞ。」
 軽くノックが聞こえたかと思うと、私達の返事を待たずして良一が入って来た。荷物を片付けて間もなくである。
「何か用?」
「別に。見たところ、お前等も暇(ひま)そうだから邪魔(じゃま)にはならんだろう?」
「そりゃあ今は荷物を整理した後だから夕食まで暇だけど。」
 良一は満足そうにニッと笑うと、隣のベッドに腰掛(こしか)けている真理子さんの方に視線を移した。
「そういえば、あんたの紹介がまだだったよな?俺は関良一、こっちは知っているかもしれないが川端夏美。二人とも今が旬の高校生だ。」
 何を基準に『今が旬』なのかは知らないが、得意げに良一が言う。そこで「意味不明だけどなんとなく悔(くや)しい。」という反応をしている真理子さんも真理子さんである。
「面白(おもしろ)いことを言う高校生ね。私は水谷真理子、ただのOLよ。」
 そう言って意味ありげな微笑(びしょう)を浮かべる。
「ただのOLね・・・・・・。」
「何つっかかってんだよ、夏美。」

「真理子さん、あなた本当は何をしにここへ来たの?」

 私の突飛(とっぴ)な質問に良一は目を点にしている。だが、真理子さんの顔から微笑が消えた。
「・・・どういう事?」
「だって普通は予約くらいとっておくもんでしょう?ペンションなんだから。」
「それは驚かすからって・・・」
「おかしいよ。この辺りは殆(ほとん)ど見通すことが出来ないほど吹雪いていたのに、何故(なぜ)無理までしてそれだけの為にここへ来れるの?私だったらちょっとやらないよ、怖いもの。」
「確かに命かけてまで冷やかしに行くことはねぇよな。」
 私の頭の中につい一時間前の地獄(じごく)絵図(えず)が蘇(よみがえ)った。今思い出しても悪寒が走る。
「第一自己紹介するとき、自分の職業に『ただの』なんて形容詞(けいようし)つける奴は、単なる馬鹿か自信家か二つに一つよ。」
 訳の分からない理屈(りくつ)を並べたてる私。謎の迫力に圧倒(あっとう)されたか、反論できない真理子さん。
「・・・何を言っても言い返されそうね。」
「あいにく討論したり、ハッタリかましたりするのは得意なの。で、本当のところはどうなの?」
「そうね、このまま黙(だま)っていても見逃してくれそうもないし。」
 真理子さんは小さなため息をついて、自嘲(じちょう)めいた笑みを浮かべる。そして何か思いついたのか、旅行バッグの中から何やら正方形のプラスチックケースに入ったCDを取り出した。隣を見ると、いつのまにか良一が座っている。

「ねぇ、『VDFIE(ヴィドフィ)』って知ってる?」

「え?」
「『VDFIE』って、まさかそれは・・・!!」
良一が身を乗り出す。――いかん、目が据わっている。
「ちょっと待ってよ、このCD―ROMは別物よ。」
 あわてて真理子さんがそのCD―ROMを元のバックにしまう。
「・・・しかしその『VDFIE』と、ここと何の関係があるんですか?」
「大有りなのよ。」
 真理子さんはそう言って私達に手招きをする。「こっちへ来い」という意味なのだろうが、別に誰もほかにいないのだからその必要はないような気もするけれど。
「とある電脳(でんのう)情報系(じょうほうけい)ホームページで知ったんだけど、実はこのペンションで、今日その『VDFIE』の闇(やみ)オークションがあるらしいの。私はそれに参加するためにここに来たってわけ。」
 良一がごくっと唾(つば)を飲み込む。
「他にもあなたと同じ目的の人がこのペンションにいるの?」
 私は平然として真理子さんに問い返す。
「いるでしょうね。貴方(あなた)達(たち)は違うの?」
「違うよ。」
 我ながら竹を割ったような言い方である。
「でも『VDFIE』のオークションっていったら、並のもんじゃないぜ。一千万、いや億単位の金が動くかもしれない。」
「・・・・・・。」
 良一は腕組みをしてうんうん唸(うな)っている。それにひきかえ真理子さんは、余裕でもあるのか足を組んで彼女のスケジュール帳(ちょう)をパラパラとめくり始めた。
「・・・ねぇ、一つだけ疑問があるの。とっても重要なことなんだけど。」
「何?」
 二人の顔がこちらを向く。私はそれを確かめて、キリッと表情を引き締めた。

「『VDFIE』って、なに?」

 数秒間の沈黙(ちんもく)。真理子さんはスケジュール帳(ちょう)を落とし、良一は微動だにしない。まともに会話がはじまったのは、そのまた一分ほど後のことだった。

「そうだな、夏美。お前はこのジャンルに関しては素人(しろうと)だったもんな。」
 自分に言い聞かせるようにして良一が言う。
「それで何なの?その『VDFIE』って。」
「一言で言えばコンピューターウィルスよ。これは知ってる?」
 足を組みなおして真理子さんが答えた。
「・・・知ってるよ、それくらいは。」
 何だか馬鹿にされた気がするので、いささかムッとして返事をする。
「じゃあ・・・その次は良一君、説明できるわね?」
 良一が軽く頷く。
「『VDFIE』はその中で最近出てきた新種ウィスルなんだが、極(きわ)めて強力でまだワクチンの開発がされていないらしいんだ。ほら、ニュースでもあっただろ、最近大手(おおて)OSソフトがコンピューターウィルスに襲われて問題になっているって。」
「まぁその大手OSソフトの場合は、十分な防災(ぼうさい)処置(しょち)がなされていなかったのがそもそもの原因なんだけどね。」
 良一の説明と真理子さんの補足(ほそく)でだいたいの意味はわかった。確かコンピューターウィルスは電子メールはおろかホームページを見ただけで感染するものもあるらしいから、そりゃ問題にもなるわな。
「『VDFIE』は存在自体が明らかになっていないウィルスなんだけど、噂(うわさ)が一人歩きしてしまってね。今やパソコン業界(ぎょうかい)はもちろんのこと、パソコンに詳(くわ)しい一般人にまで認知(にんち)されているのよ、強力な破壊(はかい)プログラムとしてね。」
「もし実在するならば、そいつを内々(ないない)に入手しワクチンプログラムを作ってインターネット上で売りさばく。『VDFIE』を感染させるまでもなく、噂の力だけで何億もの金が転がり込むだろうさ。『VDFIE』はそういう意味で闇オークションが開かれてもおかしくない位の金の卵なんだよ。」
情報を整理すべく真理子さんと良一が交互(こうご)に言う。考えてみるとこの真理子さん、私の高校でも類(るい)を見ない程のパソコンマニアである良一とこの分野で対等以上に話ができるとは、かなりのパソコン通である。特殊(とくしゅ)な情報網も持っているようだし、この人は絶対只者(ただもの)ではない。

「・・・あら、もうこんな時間ね。二人とも食事に行かない?」
 腕時計をチラッと見て真理子さんが言った。
「これからが本番ね、真理子さん。」
「そうね。」
 私の皮肉に、真理子さんは満足そうに笑った。




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