カランカランカラン

 玄関のドアを開けると感じの良い音がした。私達は我先にと競(きそ)うようにしてペンションの中に入った。まわりの暖かい空気で全身が溶けてしまいそうな気がする。
「いらっしゃいませ、ペンション『カムイ』にようこそ。」
 白いトレーナーにジーンスの、いかにも従業員(じゅうぎょういん)に見える女の子が人数分のタオルを持ってきた。年のころは私と同じくらいだろうか。
「大変だったでしょう?天気予報では雪なんて降らないと言っていたのに。」
 食堂からエプロンをつけた中年女性が小走りでこちらに来る。多分、ここのオーナーの奥さんだろう。
「須美(すみ)、何か温かい飲み物を人数分持ってきてくれないか。桜(さくら)は皆さんの荷物を部屋まで運びなさい。」
「いいよ大塚、自分の荷物は自分で運ぶ。それにまだもう少しここに居たいし。」
 父さんの言う通りである。こちらには男手が余っているのに、女の子に荷物を運ばせるなど言語道断(ごんごどうだん)。
 須美と呼ばれたオーナーの奥さん(仮)は軽く頷(うなず)いて食堂の方へと向かう。私達は向かって左手にある談話室のソファーに腰を降ろした。もう水滴になりつつある雪をタオルでふき取りつつ、私は上側を見回す。二階に続いている階段、しつこくない程度の明かりをもたらしている蛍光灯、どれをとっても目立たず地味でなく好感が持てる。

 ふいに、壁にかかったからくり時計が鳴り出した。午後六時だ。
 ――そんなに迷っていたのか、私達は。

「それにしても本当によく来たな。・・・おっとそうだ、自己(じこ)紹介(しょうかい)がまだだった。知らない人もいるみたいだから、改(あらた)めて。当ペンションへようこそ、私がオーナーの大塚洋平(おおつかようへい)です。こちらにいるのが娘の桜(さくら)で、今回のオープンからここの従業員をやっています。」
紹介されて、さっきの女の子がペコリと頭を下げる。
――そうか、娘だったのか。
「へぇ、あの桜ちゃんか。この前会ったのはこんなに小さな時だったのに。」
そう言って父さんは手のひらを水平にして自分の腰(こし)あたりの高さまで持ってくる。
「こっちも自己紹介しようか。右から長男の直人(なおと)、次男の直樹(なおき)、三男の直也(なおや)、長女の夏美(なつみ)、そして今回妻と末息子が来ることができなかったので代わりに誘った娘の幼なじみの関(せき)君だ。」
 めいめい言われた順番に頭を下げる。父さんが一通り話し終わったところで須美さんが紅茶を持ってやってきた。
「こんな物でも良かったらどうぞ。」
 須美さんと桜さんがティーカップに紅茶を注ぐ。父さんが目で私に「手伝え」とのサインを送っているのに感づいたが、とりあえず無視。
「ああ、言い忘れていたが、こっちは妻の須美(すみ)。あと義母(はは)の京子がいるんだけど、今は『笑点』を見るからって言ってたからなぁ。当分部屋からは出てこないと思う。」

 ピンポーン、ピンポーン

 大塚さんが言い終わるのとほぼ同時にインターホンが鳴った。
「おかしいな、今日のお客様はもう全員こっちに着いたはずなのに。」
 不思議(ふしぎ)げな顔をして、桜さんが玄関のドアを開ける。冷たい空気がこちらにまで感じられた。
「え、あ、真理子さん!?」
「こんばんは。あら桜ちゃん、久し振り。」
 何やら桜さんと知り合いらしいその真理子さんは、玄関でぺらぺらと話をしている。どうでもいいけど、ドアを開けたままで長話をするのは止めて欲しい。こっちは寒い。
「まぁ、真理子なの?」
「桜、上がってもらいなさい。そこで話していると寒いだろう。」
 オーナーと奥さんの言葉を受けて、多分女性であろうその人は談話室に入ってきた。

 ベージュの洒落(しゃれ)たロングコートがよく似合う、黒く長い髪が印象的(いんしょうてき)な美人だった。化粧(けしょう)はいわゆるナチュラルメイクで装飾品(そうしょくひん)も少ない。「健康的なモデル」という言葉がこれほどぴったりと合う人はそうざらにはいないだろう。――これが彼女の第一(だいいち)印象(いんしょう)である。
「真理子、来るなら来るで電話を・・・」
「ごめんなさい、叔母(おば)さん。開店記念でもあるし、ちょっと驚(おどろ)かせようと思っただけなの。日帰りのつもりだったんだけど、この通りの天気だし今日は泊めてもらえないかしら?」
「困ったわね。今日はあいにく満室で、スタッフルームでも使えるかどうか・・・・・・。」
 須美さんが表情を曇(くも)らせる。大塚さんや桜さんも頭を抱えている様子がうかがえた。確かに、アポイントなしで来て「泊まらせて」はちょっと非常識かもしれない。正式な宿泊客ならまだしも、親戚(しんせき)関係(かんけい)だし。
「今日、同じような事があってね。お一人、相部屋にしてもらっているお客様もいるんだよ。これ以上はとても・・・・・・。」
 ため息をついて大塚さんが言う。

 ――相部屋ねぇ。そういえば・・・・・・。

「部屋はありませんが、泊まる場所はあるんじゃないですか?」
私が口を開く前に直人兄が切り出した。無論(むろん)、視線(しせん)は私を捕らえている。兄貴の言いたいことがやっと分かったらしく、父さんが続いて話をすすめた。
「夏美、お前の部屋は二人部屋だったよな。」
「・・・私の部屋のベッドが一つ空いていますから、良かったらどうぞ。」
私は自然な笑顔とともに爽(さわ)やかに答えた。――「逃げに入る」とも言う。
家庭外では他人に、とりわけ美人ともなると絶対に+(プラス)のイメージを保とうとする男どもの意味深な目線から離れたかったのだ、私は。自分自身、人見知り(ひとみしり)するタイプじゃないし。
 とにかく彼女は私の言葉を無邪気(むじゃき)に喜び、ついには私の荷物を持ってくれるとまで言い出した。じゃあついでに、とばかりに他のメンバーも自分の荷物を持って各自の部屋に移動していった。




BACK/NEXT