午後14時00分。某ショッピングモール内珈琲喫茶店。 先ほどCD売り場の近くで叫んでしまった私は、周りの好奇の視線が気になることもあり、有無を言わさず橘を近くの珈琲店に引っ張りこんだ。 「一体どういう了見よ?!」 二人分の珈琲カップを持ってきた彼に向かって、私は前置きもなく問いただす。 「すいません、どういうと聞かれても珈琲の店に来たのだから珈琲を頼むのが妥当かと。」 「いやそういう意味じゃなくて。」 思わず突っ込みを入れてしまう私であった。いかん、これでは奴のペースである。 「人の会話の中に勝手に入ってきて、何も知らない相手に嘘まで吹き込んで!あれじゃあ、誤解されても当然でしょう?」 「ああ、その話ですか。」 橘は私の向かい側の席に腰を下ろすと、表情を変えることなくまっすぐに私を見据えた。 「確かに誇張もありましたが、ぶっちゃげた話、あれってキャッチセールスですよ。」 彼は私に何の配慮もなく言い放つ。 「先生こそ、何であんな陳腐な商法に引っかかったんですか?どう見ても逆美人局じゃないですか。」 「わかんないわよ、純粋にナンパかもしれなかったじゃない。」 「あり得ませんよ。あれ程の男前が街角で女拾うほど不自由しているとは思えないし。」 本当に、ムカつくぐらいはっきりと言い切られた。私は切り裂かれたプライドに何とか活を入れながら、言い訳を続ける。 「……そりゃあね、私も後ろに隠されたチラシが見えなかった訳じゃないよ?でもね、やっぱり夢って見てみたいじゃないの。非モテ女にとってはね、ナンパって夢なのよ?馬鹿かもしれないけど、夢を見てみたいもんなのよ?!」 情けなくも心の中で涙を流しながら、このモテ男に訴えかける。橘は不思議そうな顔をしながら私の嘆きを聞いていた。
「あんたは恋愛規格外!」
「いやだから、生徒は範疇外だと前々から言っているんだけど。」 「まだそんな事言っているんですか。なんなら俺が、何も知らないフリして先生をナンパしましょうか?そんなにナンパがお好みならば。」 「要らない。……というか、自分が虚しくなるからやめて。」
「そうですね、じゃあ見に行ってみましょうか。」 私が一人で鬱になっている間に、橘が唐突な提案を出してきた。 「見に行くって……何を?」 「決まってるじゃないですか、あのナンパ男の正体ですよ。」 ――いや、もう手に入らなかった男に興味はないんですが・・・・・・。 バーゲンのタイムサービスを理由に断ろうとも思ったが、こんな半端な時間にタイムサービスはやっていないという事実と、どうやら私も橘のプライドを傷つけたらしいという雰囲気から、仕方なく同行することにした。
あんな騒動の後だというのに、あのワイルドな雰囲気のナンパ男は私を誘ったのと同じ場所付近をうろついていた。私達は近くのワゴンの中にあるDVDを吟味するフリをして、その男の動向を伺う。その時。
「どうしたんですか?」 「いるの!長谷川さんと村上が!!近くに!!」 私は声を潜めて橘に注意を促すが、少年は動揺する様子もなくあたりを見回した。 「ああ、いますねぇ。今日、全国統一模試があったのに暢気なもんだ。」 「……貴様は浪人の身の上で、模試の日にショッピングモールに来てたのか……。」 「終わったから来たんですよ。ああ、俺達に気づいている素振りはありませんね。先生、こういう時は自然にしていた方がバレませんよ。」 橘の助言を受けて、私はまた立ち上がる。成る程、思った程近くではないが、目視で確認できる場所に長谷川さんは一人で立っていた。すると、彼女に一人の男が近づいていく。
「そうですけど……何か?」 長谷川さんの口調は、はっきりと警戒の色を見せていた。 「その制服って、お嬢様学校の制服だよね?やっぱり普通のコと雰囲気が違うなぁ。」 「エステのキャッチセールスなら間に合ってます。」 彼女はナンパ男のほめ言葉に間髪いれずそう答えた。その後、彼女と男の間に沈黙があった事を考えると、多分図星なのだろう。 「……いや、あのね、今僕のいるサロンではキャンペーンやってて、良かったらこれ……」 「要りませんって言っているんですけど。」 長谷川さんはその一言で男の差し出したチラシの手を止めた。またもや二人の間に気まずい空気が流れる。 「おーい、真帆、お待ちどうさん。……コイツ誰や?」 「キャッチセールスよ、毎度ご苦労なことだわ。では連れが来ましたので、ごきげんよう。」 そう言って二人はその場を離れていった。先ほどの場所に向き直ると、ナンパ男が片手にチラシを持ったまま暫く硬直していた。
見るも無残な男の姿を眺めながら、橘がこぼす。キャッチセールスの現場を目の当たりにした今、私に残された言葉は無かった。肩から脱力しながら、現実というものを思い知る。 「いやね、分かってたんだけどね、あはははは……。」 橘から逸らした目が少し潤む。やはり久方ぶりのナンパ、しかも相手はイケメンだったとあって、私はかなり舞い上がっていたのかもしれない。 落胆していた私を見てか、橘の手がそっと私の肩に置かれた。
「生徒は対象外だと言ったはずでしょうが。」
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