騒々しい来客が部屋を出て行って数分後、憔悴した顔の私たちだったがとりあえずこの事を整理すべく私が話を切り出した。



「スイマセン・・・この状態って、もしかしてかなりやばい状態ですか?」

「やばいですね。」



 小池主任は視線を出口に固定したまま即答する。

「まぁ先生たちには分からない事もあるかと思いますので、説明しましょう。とりあえず掛けてください。」

 私を含め二人の女子講師は、言われるがまま来客用のソファーに座った。主任は対面するように腰掛ける。

「さて・・・まずどこから説明するべきか・・・」

「じゃあ、あの神田恵美っていう女性、何者なのか主任はご存知なんですか?」

 この応接室に来てからずっと疑問に思っていたことを私は口にした。主任は一瞬戸惑うような表情を見せたが、手を中央で組んだまま顔をまっすぐに上げた。



「そりゃ知ってますよ。『神田塾』といえばこのあたりでは有名ですからね。」



 ――神田塾?

 聞きなれない言葉に首をかしげる私だが、大久保先生は顔を強張らせていた。

「大久保先生も知っているんですか?」

「瀬名先生は知らないんですか?!」

 逆に問い返されてしまった。だが私は、『神田塾』という名前の予備校なんて聞いたことはないのである。



「そっか、先生はこの土地に来て日が浅いものね・・・。小池主任、もしかしてあの神田さん、『神田塾』の関係者なんですか?」

「関係も何も、そこの令嬢ですよ。苗字見て調べましたから、間違いないかと。」

「げげっ!!」



 主任と大久保先生の間に不穏な空気が立ち込める。何も知らない私だけ、輪にまざることもできずその場に居座っていた。正直、居心地が悪い。

 そんな私の様子を察したであろう二人は、交互に説明をはじめた。

「あのですね、さっき橘君の家庭教師だと名乗った女性の実家なんですが、結構大きな学校法人を持ってましてね。この地域の教育業界ではちょっとした有名人なんですよ。」

「その実家が持つ教育財団も数多くあって、業界の人間は総称して『神田塾』って呼んでいるの。教育委員会OBなんかが在籍している上に、多くの有望な人材も輩出してるわ。実際に文部科学省の大臣になった人もいたんじゃないかな。」

 とんでもない話である。そんな大きな組織をバックに持つご令嬢を敵に回したのか、私達は。

 組んでいた両手の平の間が、汗ばんできた。間違いなく冷や汗である。

「・・・で、そのお嬢様が何故、そんなに橘にこだわるんですか・・・?」

 話だけでも疲れてきたが、事情をはっきりさせておかないと私も後々困ることになる。気力を振り絞って聞いた疑問に、先に反応したのは主任だった。



「確実なことは分かりませんが、あの橘君だし・・・ねぇ、大久保先生?」

「あ、あはははははは。そ、そうですわねぇ。」



 大久保先生が、露骨に視線を背ける。



  ――なるほど、そういう事ね。



 つまりは彼女もかつての大久保先生と同じく、橘と男女として付き合い、おそらく振られたクチだろう。未だもって彼の保護者気取りなのは、未練があるに他ならない。

「主任、彼女の挑戦を蹴るという選択肢はありますか?」

「ないでしょうね。『神田塾』ほどの組織なら、うちのような小さな予備校を一つ潰すくらい簡単でしょうし。」

 私の問いに、シャレにならない答えをのたまう主任。彼はそのまま立ち上がり、私の肩をがしっと掴んだ。



「まぁウチとしても、生徒の成績が上がるのは願ってもないことですし、頑張ってくださいね。瀬名先生。」



 小池主任はいつものうそ臭い笑みのままで、私の肩を掴んだ手に力を込める。

「すいませーん、ちなみにクリアできなかった場合、私はどうなりますか?」

 とんでもない威圧感に、半ばヤケクソになりながらも私は体制をそのままに聞き返した。



「・・・・・・来月の給料明細を楽しみにしておいてね。」



 ――ちょっと待て!!いくらなんでもそれはあんまりだ!!

 主任の手から解放され、私はすぐに大久保先生に向き直った。

「聞きました先生?!いくらなんでもあれは横暴・・・」

「先生!!私、ずっと応援してるから!!私なんて頼りないけど、何か出来ることがあったら遠慮なく言ってね!!」



『だったら、今だけ担任変わってくださいよ・・・。』



 喉元まで出かかったこの言葉は、寸出のところで飲み込んだ。何故、自分はこうも貧乏くじを引かねばならないのか。  友人だと思っていた先生にさえ見放され、私はしばらく応接室でうな垂れていた。






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