翡翠が教室へ戻った頃には、クラス中が窓下を注視していた。大体なぜかは分かっていたが、友人4人の姿を見つけて窓際に近づいていく。



「おかえり、ひーちゃん。ねぇねぇ、今したの中庭がスゴイんだって。なんと!飛び降り死体が・・・」

「・・・知ってる。だってあの先生に呼ばれたんだもの、私・・・。」

「ええっ!?」



 西里の言葉で、他3人も翡翠の存在に気づき彼女を質問攻めにする。

「呼ばれたって・・・九曜、あの死体が何者なのか知ってんの?」

 まずは伊勢谷が翡翠の顔を覗き込んで聞いた。

「うん、両角先生だって。漢文の担当とか言ってた。」

「呼び出しって、何の用事だったの?私たちには話せない?」

 知的な雰囲気を取り戻した日野原が、声を潜める。翡翠は首を横に振った。



「いいや、単なる奨学金の話。ほら私、家族殆どいないから。」



「そっか・・・・・・。」

 翡翠は言葉を選びながら慎重に答える。まさか、「落ちている最中を目撃しました」とはあまりにも非現実すぎて言えなかった。

 4人は改めて中庭に視点を移す。いつの間にか駆けつけたらしい警察が、いわゆる『現場検証』という作業をやっていた。こちらの学校の人間だと思われる数人の生徒と教師が刑事らしき人物から何か尋ねられているようであった。



「それにしても縁起悪いよなぁ、今日二人目の死体かよ。」



 うんざりした顔で、村重がぽつりと漏らした。

「二人目?」

「九曜は見てないのか?今朝も学校の門前あたりに死体があったらしいぞ。確か、新垣とかいう警備員のオッサン。」

「へぇ、詳しいね。」

「テレビカメラの生中継が来てたからな。そこらへんの情報は筒抜けだった。」

 おそらく、今朝の人垣が出来ていた場所がそうなのだろう。翡翠は生の死体を見たわけではないが、この不気味な事態に寒気を覚えた。

 最初の警備員の事は知らないが、女教師のほうは様子からして突き落とされたに違いない。自分の見た限りでは、そう思えた。



「ねぇねぇ、見て!あそこの先輩、格好よくない?」



「西里・・・お前、死体見ないで男ばっか見てたのか?」

 あきれた表情をして伊勢谷が突っ込みを入れる。

「だってさぁ、グロい死体なんかよりイイ男のほうがよっぽど目の保養だよ〜。」

 少し怪訝そうな顔で西里は言い返す。確かに遠めで見ているのではあるが、警察に事情聴取されている先輩らしき人物の中に一人、背の高い整った顔立ちの男子生徒が居た。

「私は左側の若い先生が好みだなー。知的な大人って憧れよねぇ。」

 日野原も会話に加わる。警察に率先して事情を説明しているその若い先生らしき人も、知性を湛えた雰囲気をかもし出していた。

「おいおい、お前さん達『新しい被写体』はどーなったのよ?」



『あれは別腹!!』



 何が別腹なのかわからないが、村重の問いに二人は間髪いれず答えた。先ほどの村重の言葉で今朝の少年のことを思い出した翡翠は、かのストーカー美少年が居ないかどうかあたりを確認する。

 そして――居た。だが彼は下の中庭を鋭い目つきで睨み付けているだけで、翡翠のことなど気にも留めていないようだった。



   ――どうして、あんな怖い顔をしているのだろう?



 ふと翡翠の頭にこのような疑問が浮かんだが、自分には関係ないとすぐさま彼から目をそむけた。

 暫くたって警察の事情聴取が終わり、美形の先輩や素敵な先生が校舎に戻ると、クラスメイトの女子を中心として窓辺から散会していく。そのとき、上のスピーカーから校内アナウンス用のチャイムが鳴った。



『お呼び出しします。1-Cの九曜渚(くようなぎさ)君、九曜翡翠さん、2-Aの九曜和孝(くようかずたか)君、九曜鴇人(くようときひと)先生。お客様がお見えです。至急、職員室までお越しください。繰り返します・・・』



 ――九曜?

 珍しいこともあるものだ。翡翠は、自分の苗字は特殊であると今まで思っていたが、どうやらこの学校に限ってはそんなにレアリティはないらしい。

「うーわー、みんな九曜だ。お前、もしかして親戚多い?」

 村重に聞かれて、翡翠は無言で否定する。

「そんな親戚、聞いたこともないよ。まぁとにかく、呼び出されたみたいだから職員室行ってくるわ。」

 何か引っかかる思いはあったものの、翡翠は職員室へと向かっていった。






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