またもや不可思議な男子生徒に翻弄される形となった翡翠は、多少疲れを覚えながらも新たな高校生活を共にする教室へと足を運んだ。一歩入って黒板に掲示してある座席表で自分の席を確認している途中、後ろからふいに声をかけられた。



「なんだー、九曜も同じクラスじゃんか。」



 聞き覚えのある声だった。翡翠は振り返って声の主を確認する。そこには、やはり見覚えのある男子生徒がひらひらと手を振っていた。

「おお、いせやん!!」

「よっ。九曜も同じ学校行くとは聞いていたけど、中学時代のクラスメートがこうもまた同じ教室に集まるとはねぇ。」

 いせやんと呼ばれた優等生風のメガネをかけた少年の言ったとおり、彼の周りにはあと1人の男子生徒、2人の女生徒が雑談している。彼らも翡翠の存在に気づき、軽く挨拶を交わした。翡翠もその輪にまざるように近づいていく。

「伊勢谷に西里、日野原まで同じクラスかよ。これっていわゆる『腐れ縁』ってヤツ?」

「村重には言われたくないと思うよ。アンタ、一番のトラブルメーカーだし。」

「俺も九曜には言われたくねー、このショタコン泣かせが。」

「・・・教育的指導を受けるか?村重・・・。」

 翡翠は茶髪の少年のこめかみにデコピンを放った。対する村重も軽くチョップをかまそうとして椅子から立ち上がる。

「ちょっと村重!翡翠になんてことすんのよ!?」

「そーよ!!ひーちゃんの顔はあんたの面とは価値が違うのよ?!」

 今まで我関せずとばかりに世間話に花を咲かせていた女子生徒2名が、村重から翡翠を守るようにして立ちはばかる。

「なんだよ、今のは酷くないか?特に西里。」

「別に。ただひーちゃんの顔は立派な『商売道具』なんだから、粗末に扱わないでってコト!傷なんてつけたら承知しないからね!!」

「・・・ちょっと待って。あーちゃん、『商売道具』ってどういう・・・」

 翡翠の制止に、あーちゃんこと西里は肩につく位のさらりとした髪をかきわけながら、反対の手に持っていたインスタントカメラを前面に突き出した。右側に立っていた日野原も同じく小型のデジタルカメラを翡翠達に見せ付ける。



『だってひーちゃん(翡翠)の盗撮写真って高く売れるんだもーん。』



 二人の言葉がきれいに重なる。この一言にさすがの翡翠も絶句した。村重は圧倒されて何も言えず、伊勢谷は毎度のことだとため息をつく。

「・・・九曜、お前知らなかったのか?あの二人が盗撮した写真は一部のマニアに高額で売りさばかれてたって。中学の卒業式の時にも沢山撮ったろ?写真。」

 確かにそういう覚えはあった。中学の卒業式で、友人二人は同じ学校へ進学するにも関わらず、やたらと自分だけシャッターをきられていた気がする。

「ちなみに客は主にショタが大好きなお姉さんで、インターネットで通販していたらしいぞ。立派な盗撮家業だな。」

 伊勢谷はとどめの一言を翡翠に突きつける。彼女たちが自分を被写体にして闇アルバイトをしていた事実はたしかに痛かったが、翡翠は呆れてもう糾弾する気力もなかった。近くにあった椅子を引き寄せて、ぐったりしながら座り込む。



「ご、ごめーん。別に翡翠に隠すつもりはなかったのよ?ただ、悪戯心でホームページにアップしたら買い付け注文が殺到しちゃって。」

「・・・それで荒稼ぎしてたわけね。」

「今回だって、『ショタっ子の女装制服姿が見たぁい♪』ってリクエストがあったから、仕方なく私たちはこうして撮影を・・・」

「・・・杏子、肖像権侵害って言葉知ってる?しかも女装って、私れっきとした女だし・・・。」

「ままま、まぁひーちゃん怒っちゃやだよー。落ち着いてぇ!」

 最早怒りを通り越して呆れているのであるが、翡翠はもう言い返す気にもなれず虚ろな目で二人の持っているカメラを眺めていた。今まで気づかなかった自分も間抜けではあるのだし。



「それにね、私たちひーちゃんの他に新しいターゲット見つけたし!!」



 その言葉を聞いて、翡翠は我へと帰る。目線をカメラから彼女たち自身へと切り替えた。

「新しいターゲット?」

「そそ。ここだけの話だけど、あの左側の窓際に座っているイケメン君。すっごく綺麗な顔しててさ、ホントモデルみたいなの。」

 日野原はそう言って新しい被写体を小さな声で紹介する。皆が注目したその先には、朝から翡翠にやたら干渉してきたその男子生徒がぼんやりと外を見つめていた。



――あのストーカー、よりにもよって同じクラスか!?



最初は身を乗り出していた翡翠だったが、今朝の少年だとわかった途端に上体を仰け反らせた。

「ん?ひーちゃんどうしたの??」

 何も事情を知らない西里は、変な行動を取る友人に対して不思議そうに尋ねる。

「な、何でもない・・・それよりホラ、そろそろホームルーム始まるんでない?」

 翡翠が指摘したとおり、予鈴が煩いくらいに教室中に鳴り響いていた。今まで雑談に興じていた生徒たちは各々の新しい席に着く。翡翠も伊勢谷から自分の席を教えてもらい、荷物を降ろして着席した。それと同時期に新任の担当教官が教室の中に入ってきて、はじめてのHRは始まった。

 翡翠の心配をよそに、かの男子生徒は彼女に気づいている様子はなかった。





 HRが終わるとすぐ、特にあの少年に見つからないうちに翡翠は3階の進路相談室へ急いだ。1階から急行したので息は荒いが、進路相談室には難なく入ることができた。

「失礼します。」

 一応ノックしてから部屋に入る。だが、部屋の中に居るはずの女性教諭の姿は見当たらない。ただ開けっ放しになった窓から心地よい風が入っていた。

「忙しいのかな、両角先生・・・。」

 退屈なので、部屋の中にある資料を無作為にめくってみる。いろいろな大学のPRや偏差値表などが載っていたが、まだ高校一年生になったばかりの翡翠にとっては興味の薄いものだった。せめて風にでも当たろうと、窓際のカーテンを両手で押さえて外の景色に視野を移した。その直後。



 目の前を会うはずだった女教師が、悲鳴をあげながら落ちていった。



「先生!?」

 一瞬何が起こったのか判断できなかったが、すぐさま窓から乗り出して下を注視する。下の中庭ではすでに、朱に染まったコンクリートの上で両角教諭が糸の切れた人形のように倒れていた。ぴくりとも動く気配は見えない。



「・・・どうなっているの、一体・・・。」



 自分を呼んだ教師の死骸を見ながら、翡翠は喉の奥から搾り出すような声で呟いた。






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