まずは原田さんの部屋からだ。
部屋に入ると、まずアルコール臭(しゅう)が鼻をついた。たまらなくなって、思わず鼻をつまむ私達。
「確がに・・・・・・密室だっだもんでぇ。」
うまく発音できない。仕方ないので、自分の鼻がこの臭いに慣(な)れるまで我慢することにした。
室内も燦々(さんさん)たるものである。ベッドの上には衣服が投げ散らかしてあり、机の上にはウィスキーの角瓶と電源の切れたノートパソコン、そして意味不明な番号の書いてある多数のCD‐ROMが散乱(さんらん)していた。しかし、物に溢(あふ)れたこの部屋を懸命(けんめい)に探したにも関わらず、玄関の合鍵らしきものは見当たらなかった。
「ひどいわ、犯人がしたのかしら・・・・・・。」
桜さんが眉(まゆ)をしかめてつぶやく。――いや、本人の性格によるものだと思うんですけど、この場合。
「仕方ないなぁ。」
すると桜さんは何を思ったか、いきなりその机の上のCD‐ROMを片付(かたづ)け始めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
私はあわてて桜さんの手を掴(つか)む。
「何、片付けてるんですか!!『物を動かすな』って、オーナーが、言っていたでしょう!?」
「え、でも、散らかってるんだし・・・・・・。こういうのを見ると、状況(じょうきょう)反射(はんしゃ)で、つい・・・・・・。」
――状況反射で、じゃない!!
私は、さっきのオーナーの言葉の、本当の意味をようやく理解した。
――ああ、馬鹿ばっかり。
「で、でも、CD‐ROMの番号はちゃんと揃(そろ)ってるよ。ほら、ほら。」
それらをトランプの番号を見せるようなしぐさで、私の目の前に出してくる。
「戻しておいて下さい。」
私は即答した。結局この後、私がハンカチを使って指紋(しもん)を残さないようにCD‐ROMを元に戻すはめになった。
犯人の痕跡(こんせき)らしいものが見つからないまま、原田さんの部屋を出る。次は青野さん達の部屋なのだが、部屋に入る前に、廊下に転がっている片方のスリッパを見つけた。きちんと『ペンションカムイ』のロゴも入っていたりする。
「・・・・・・ごめん、今日掃除(そうじ)するの、まだだったんだわ。」
申し訳なさそうに桜さんがつぶやいた。
「あー、大丈夫。多分うちの父さんですから。あの人、家でもよくスリッパの片方を落として歩いているし。」
私は手をぱたぱたと振(ふ)りつつ、青野さんたちの部屋のドアノブに手をかける。こちらはさっきドアの鍵を破壊(はかい)したばかりなので難なく入れた。だが、ドアを開けた途端(とたん)、強烈な突風が私達に圧(お)し掛(か)かってきた。
「寒い!!」
これでは調べるどころの話ではないので、とりあえず風の通っていない部屋の右側に避難(ひなん)する。寒さだけはどうにもならないが、この方が風が当たらない分ずっとましである。
部屋の中は意外なほど小綺麗(こぎれい)だった。さっきの原田さんの部屋を探索(たんさく)したせいかもしれないが、実に対照的だ。机の上には電源の入ったノートパソコンが置いてあったが、画面の様子からして壊(こわ)れてはいないらしい。電源もついたままで、パソコン本体からは二本のケーブル線が伸(の)びていた。
反対側にあるベッドの上には、コンセントが入っていない小さなMDプレイヤーが無造作(むぞうさ)に放ってあった。こちらはとても青野さんのものとは思えないが、試しにどんなMDを聞いていたのか好奇心(こうきしん)が湧(わ)いたので、MDの差込口を覗いてみる。しかし期待に反して、MDは一つも入ってはいなかった。
――まぁご丁寧(ていねい)に、いちいちMDを抜き取って保管(ほかん)してるのかねぇ。
私の中で、何かが引っかかった。
桜さんが浴室のあたりを夢中で調べている姿を確認して、彼女に気付かれないようにMDプレイヤーを動かし、電源を入れてみる。その電光ディスプレイには、機械独特(どくとく)の角ばった文字で現在の時刻と「MD‐MODE」、「ALARM」の文字が表示された。
――これは、もしかすると・・・・・・。
ハンカチ越(ご)しに少しそのMDプレイヤーを操作(そうさ)してみる。思った通りだ。私の疑問は、確信に変わった。
急いで私はMDプレイヤーを元に戻して、相変わらず浴室を捜索(そうさく)している桜さんに声をかけた。
「何か怪(あや)しそうなもの、みつかりましたか?」
「うーん・・・何が怪しいのか分からないから、何とも。夏美ちゃんは?」
「まぁ、こちらも似たようなものです。」
私はあえて、曖昧に返事をしておいた。次に突風に耐(た)えつつ窓側に近づいて、辺りの状況を見まわす。窓辺には、窓を割られた時の残骸(ざんがい)であろう、小さなガラス片(へん)がまばらに散らばっていた。
「・・・・・・やっぱりな。」
「何がやっぱりって?」
後ろから桜さんに声をかけられて、思わず肩をびくりと震(ふる)わせる。
「何か変わったことがあったの?」
「ええ、まぁ・・・・・・。それより外見てください、綺麗ですよ。あ、足元にガラスありますから気をつけてくださいね。」
小首を傾(かし)げていた桜さんだったが、退屈(たいくつ)だったのだろう、ガラス片を器用(きよう)にかわしつつ、窓の傍(そば)までやってきた。
「本当、北海道ならではの絶景(ぜっけい)ね。」
現在雪は降ってはいないものの、外はまだ一面の銀世界である。
「やだ、まだあったんだ。」
私が外の景色に目を奪(うば)われている最中に、桜さんは真下を見て言った。
「何があったんですか?」
「ゴミ袋。昨日宴会(えんかい)したからゴミ出しておくよ、って言われて、さっき焼却炉(しょうきゃくろ)で全部燃やしたんだけどね。どうやらまだ残っていたみたい。」
桜さんは苦笑する。確かに彼女が言った通り、雪の上にそれはあった。昔風の黒い不透明(ふとうめい)のゴミ袋である。
「そうですか、成る(なる)程(ほど)ね。」
適当に返しつつ、室内、床の絨毯(じゅうたん)に至るまで、他に全く異変のない事を確認する。無論、ベッドの傍に転がっていた青野さんのメガネと、電話の置いてある棚の上にあったルームキーもチェック済みである。
「確か、ここの客室は全てフロントオートロックシステムですよね?」
私は桜さんに念を押す。彼女は当然のごとく頷いた。
「出ましょうか、一応調べる所は調べましたし。何より寒くて死にそうです。」
お気楽な調子でそう言って、部屋を出る。私達は、二階で待っていた真理子さんたちと合流した。
「・・・・・・何か、分かりましたか?」
平松さんが心配そうに尋ねる。
「それよりも、加納さんは?姿が見えないんですけど。」
「えっと、先輩はですね・・・・・・。」
露骨(ろこつ)に平松さんは目を泳がせている。――まだスネてるのか、あの女は。
私はつかつかと加納さんの部屋まで行って、ドアをノックした。
「いるんでしょう!?もう出てきたらどうですか?」
「あんたとなんか話す事は何もないわよ!!」
いやに不躾(ぶしつけ)な返事が返ってきた。とりあえず、生きてはいるようだ。
「あ、そう。じゃあ、あれだけ知りたがっていた、事件の真相(しんそう)は聞かなくてもいいんだ。」
「ええっ!?」
次の瞬間、ドアが勢いよく開かれ、中から加納さんが飛び出してきた。
「あんた、本当に全部分かったんでしょうねぇ!?」
私の肩に手をかけ、力一杯に揺(ゆ)さぶる。
「本当にあれで分かったの!?」
桜さんも唖然(あぜん)としている。私は、自分の頭を指差した。
「ここが、違うんでね。」
そう言って、にやりと笑う。
「おーい、上でなに騒いでるんだよ!?」
たまりかねた良一が、一階から大声で怒鳴(どな)る。私は、談話室に向かって階段を途中まで降りたところで、きっぱりとこう言った。
「さて、ここで問題です。この『ペンション殺人事件』の真犯人は誰でしょう?」
「なっ・・・・・・!?」
皆の驚愕(きょうがく)した顔を眺めつつ、ただ私は笑みを浮かべていた。
|