私、長谷川真帆の朝は彼へのモーニングコールから始まる。
呼び出し音35回目にしてやっと彼は電話に出た。 「もしもし・・・真帆、今日日曜日やろ?」 彼の生あくびが電話から伝わってきた。おそらく寝起きなのだろう。 「おはよう、村上君。休日だからと言って惰眠を貪っていたら時間を有効に使えないわよ。」 「相変わらずキッツイなぁ。朝電話は学校ある時で勘弁してや。」 「あら、今日は予備校で勉強するのではなかったの?私にはそう頼まれた覚えがあるのだけれど。」 そう、とある事情により6日後に実施される模試で確実に成績を上げなければならなくなった私達は、休日に勉強会をしようという約束を交わしていた。 「・・・すんません、ご指導宜しくお願いします・・・。」 「では午前10時、駅の南出口で待っているわ。あまり遅れないでね。」 「とことん信用あらへんな、俺。」 「村上君の遅刻癖は、今までの待ち合わせの実績が証明しているもの。」 「・・・・・・否定できへん自分が悲しいわ。」 その後2、3言葉をやり取りした後、私は電話を切る。くれぐれも二度寝しなければよいのだが。 とある事情――それは、恋に狂ったとしか思えないある女狐が、自分の生徒だった橘君を取り戻す為に突きつけた条件だった。模試の平均偏差値58.3を超えろというものだが、私一人なら兎も角として平均偏差値が55を下回る村上君までフォローしなければならないので大変なのである。 「まぁ、こういう事がない限りデートすら出来ないのだから、感謝すべきかもしれないわね。」 私はそう一人で呟いた後、身支度を始めたのだった。
村上君はもちろん来ていない。もし私より先に来ていたとしたら、雨を通り越してこの初夏に雪でも降るだろう。彼は時間にルーズなのである。 私はいつもの待ち合わせの場所で人ごみに紛れて、彼――村上君との事を思い巡らせていた。 彼と付き合うようになってそろそろ2ヶ月になる。 初めは私の片思いだった。基本的にネクラな私と違い天真爛漫な彼は、予備校でも友達の輪が絶えなかった。最初は煩いとしか感じなかったが、彼の大らかさに触れ、私は彼に惹かれていった。 告白したのもこっちの方だ。多少ゴリ押しした部分もないわけではなかったが、私の策略にはまった彼は想いを受け入れてくれた。
「こんちわ。彼女、一人?」 金髪に近い他茶髪で、だぶっとしたジーンズのシャツに腰履きのワークパンツ姿の男だった。どうやら宗教の勧誘ではないらしい。 「彼女さー、もしヒマだったら俺達と遊ばない?」 エステのキャッチセールスでもなく、私がもっとも嫌う人種の一つだった。 「もうすぐ、連れが来ますので。」 「嘘ォ、彼女待ちぼうけくってるじゃん。俺達知ってるよ?」 思った以上に早く着いたので彼氏を待っていただけの話なのだが、彼らには約束をすっぽかされたと映ったらしい。はた迷惑極まりないことである。 私が渋っているのに業を煮やした男は、仲間を呼んできた。私は駅の片隅で取り囲まれる形となる。 「ねぇねぇ、誰と待ち合わせしてんの?女友達?」 「だったらさー、友達とも遊ぼうよー。俺達ヒマだからさぁ。」 ――本当に、煩い。 「すいません、見も知らない他人と遊ぶ趣味はありませんので。」 そう言って囲みを出ようと歩みを進めた私だが、いきなり男その1に手首を捕まれた。 「・・・ちょっと可愛いからっていい気になってんじゃねーよ。このメガネ女!」 強引に引き寄せられ、背後の壁に押さえつけられる。 ――こいつら、ただのナンパじゃない?!
「最初からこうやって、大人しくしてりゃあいいんだよ。」 「おい、大きい声出してんじゃねーよ。周りが気付くだろうが。」 「騒がれても困るしな。眠らせておくか?」 男達の口からは私を拉致するための物騒な言葉が出てくる。私は私で、この状況を打破すべく彼らの動きを分析していた。その時。
「やべ、彼氏かよ。逃げるか?」 「そうだな、騒ぎが大きくなる前に逃げ・・・」 ドゴッ 男達の言葉が終わらないうちに、私を押さえつけていた男が村上君のローキックを真横から受けその場に倒れこんだ。 「ようも俺の女に手ぇ出そうとしよったな。五体満足で帰れると思うなや。」 村上君が険しい顔つきのまま男達に歩み寄る。そのすざましい雰囲気に、彼らは足を震わせながらも動けないでいた。 ――まずい。 このまま村上君を放置しておいたら、私は無事だが怪我人が何人も出ることだろう。彼の友人から聞いた話だが、村上君は通っている高校の不良に頭を下げられる位強いらしい。 あの男達がどうなろうと私の知ったことではないが、彼が警察に補導されるのは許せなかった。 「村上君やめて。」 とっくに身を解放されていた私は、ナンパ男達を殴ろうと振り上げていた腕に待ったをかけた。 「止めるな真帆、なぜや!?」 「何故、ですって?」 私は彼の腕を振りほどき、先ほど殴られた男の前に近づいた。
「・・・真帆、あんなぁ、俺が時間守らへんのが悪いんやけど、あういう場面では普通人を呼ばへんか?」 呆れたように村上君が私を見ながら愚痴をこぼす。 「確かに身の危険は感じたけど、あの時10時14分だったもの。」 「?」 私の言葉に、彼は首をかしげる。
「真帆・・・自覚しいや。お前結構予備校でもモテんねんで?」 「あら、そんなの関係ないわ。私が好きなのは村上君だけだもの。」 自分でも感心するくらいサラリと言ってのけた。隣を歩く彼は照れくさそうにそっぽを向いているようだけれど。
|